孤独な理学療法士の日記

はじめまして。孤独な理学療法士ことmatoruptです。仕事や趣味や家族など普段考えていることや行っていることをお伝えしていきます。

自分の存在意義に迷われている方へ。自分を肯定して自己防衛することの大切さと難しさと危うさ。

こんばんは。

孤独な理学療法士ことmatoruptです。

 

福岡は、朝方に雨が降っていたらしく、出勤時には地面が濡れていました。それからは曇り空が続いています。明日からは雨が続くみたいなのでどうにか乗り越えたいです。

 

今回は「自分の存在意義に迷われている方へ。自分を肯定して自己防衛することの難しさと危うさ」について書かせていただきます。

 

Milky Way at Bodie Island Lighthouse

 

自分の存在意義について考えてみる。

 過去の私は、10年間閉鎖的な考えで、閉鎖的な環境で仕事をしていました。何に対しても意欲がわかず、何も考えずに、ただただ生活する為に仕事を黙々とこなしていました。波風を立たせずに無難な生活をすることだけに集中していました。当時の私には「自分の存在意義」を考えるために必要な期間だった訳ですが、今考えてみると10年という時間はあまりにも長く感じられます。

 

 

自分を肯定して自己防衛をする。

当時の私は、底が見えない真っ暗な空間の上を綱渡りしている状態でした。

自分でもこのままではいけないと頭ではわかっていましたが、足が動かなくて、前にも後ろにも進めませんでした。

その状態が長く続きました。

でも、少しずつ指、手、足が動かせるようになり、なんとかその真っ暗な空間から解放される方法を考えられるようになりました。

そこで辿り着いた結論は、私自身の存在意義を見つけて生きていくためには、まず自分自身を肯定することから始めて、なおかつ自己防衛をする必要があるということでした。

 

 

自分の存在意義を見つける苦悩。

しかし、自分を肯定して自己防衛するためには、何かしら自分が肯定されるべき存在だという理由づけが必要でした。

その当時、私は自分自身の存在意義が分からなかったので、最初はその材料を見つけるためにとても時間がかかり、困難を極めました。

 

 

肯定して、自己防衛をするための材料を私に与えてくれたのが家族でした。

家族が私に居場所を与えてくれる、存在を認めてくれる、頼ってくれる、心配してくれる、様々なことを私に与えてくれていることに気付きました。

今となっては、なぜそんな大切で簡単なことに気づかなかったのか分かりません。

 おそらく私の周りが真っ暗だったので、自分が目を開けているのか、閉じているのかそれすらも分からなかったのでしょう。

目をしっかり開いて自分の周りの景色がどのようになっているのかを確認できるようになって、少しずつ私自身に対する存在意義が芽生え始め、それを肯定して、自己防衛することができるようになりました。

あれほど悩み、苦しんでいた私が、少しずつどんな些細なことでも自分を肯定できるようになりました。

 

 

でも、気を付けなくてはなりません。

自分の状態が安定期に入って、大丈夫な状態になったときちょっと考える時間を作りました。

その時気付いたことがありました。

それは自分自身への肯定は、しようと思えばどんなとこでも肯定できるからです。

それが、本当に肯定するに値するものなのかという判断基準を自分で決めるのは非常に難しいことです。

 間違って自分自身への肯定を行うことは、下手をすると自分自身にとって「単なる都合のいいこと」へと繋がりかねません。

 自分自身への肯定は、 安易に考えてしまうと無尽蔵に積み上げていくことができるからです。

当初は心の安定のために必要だったことが、徐々にこの行為を続けることが正しいのか分からなくなってしまいました。

そこで頭の中を少しずつ整理していきました。

 

客観的に考えてみる。 

安易に自分自身への肯定ばかりしていると、自分が今置かれている現状に甘んじてしまうことで成長が止まってしまい、人生を楽しく過ごすことができなくなる。

 

でもさじ加減が難しい。

都合よく考えてばかりいると「今の自分はこのまま現状維持をしていればいい」「自分はこのままの状態で十分満足だ」と言う思考になってしまう。

 

こういう状態をコンフォートゾーン(安全領域)にとどまると言うそうです。

 

世間一般的にはマインドセットが重要だ、マインドブロックを破り続ける、コンフォートゾーンにとどまることはいけないことだと言われていますが、私は全てそれが正しいとは言い切れません。

私みたいにそのコンフォートゾーンにとどまる時間を必要としている人もたくさんいるからです。

 

精神的に自分が今差し掛かっている時期を慎重に見極めること、またこれからどういうことが必要かを冷静に考えなければいけません。

 

そうしなければまたあの時の自分に逆戻りしてしまう可能性が十分あるからです。

 

 

まとめ。

生きていることが苦しい時は自分を肯定して自己防衛することは大切な作業となります。生きることが少し楽な状態になり、より安定させるためにこの作業は必要となります。でも、ある程度安定が得られれば、少しその作業を修正していかなければいけないかもしれません。

 

都合よく、いつまでも自分を肯定し続けていると、だらだらと無意味に経験を積み重ねていくだけで、日常生活での意欲や向上心が薄れていき、仕事では技術の向上や知識の探求がおろそかになり、自分自身を成長させることができなくなります。

 

「なんの問題もない、このままで十分だ」と考えるのは簡単です。

 それはそうです。

 そういう考えであれば、なんも努力も必要もないので思考が停止してしまいます。

そうなれば自分自身を向上させることはできません。

行動する意欲も失ってしまいます。

人は人生において、自分自身にとって楽な道を歩いていく方法は無限に思い付くものです。

 また、自分自身が置かれてしまった生活環境のせいにすることも簡単にできます。

まさに私がそうでした。

でもそのせいばかりにしてはいけません。

どのような生活環境に置かれても幸せに暮らしている人もたくさんいることを見落としてはいけません。

そういう気付きがあれば人は前向きに、積極的に生きていけるものです。

かといって前向きに、積極的に生きることだけが本当に正しいことなのか?

かなり疑問が残るところであります。

この記事を書きながら自分の意志が右往左往しています。

今も自問自答しながら書いている状態です。

 

一つ言わせていただけるなら、この手の思考は本当にさじ加減が難しいです。

 

これが今の私の結論です。

 

書き始めた時に考えていた主旨が、次第に違った方向へと進んでしまいました。支離滅裂な文章になってすいません。

 

ご覧いただきありがとうございました。

銀河英雄伝説第9話「それぞれの星」を見ました。パート2

こんばんは。

孤独な理学療法士ことmatoruptです。

 

 今回は銀河英雄伝説第9話  それぞれの星」パート2を書かせていただきます。

 

Jupiter 2015-02-16

 

あらすじ。

March  rabbitにて。

March rabbitとはヤンの行きつけの店です。今後度々登場します。お店を訪れたヤンとユリアン。お店は満席で、ヤンは予約をいれるのを忘れていたことをユリアンに謝ります。そこに、私服を着たフレデリカが現れます。フレデリカは父親のグリーンヒル大将と夕食をとっていたところでした。フレデリカはヤンとユリアンに 「一緒にいかがですか?」と誘いますが、ヤンはあまり乗り気ではなさそうです。ヤンはできるだけ軍部のお偉方との接触は好みません。しかし、断る理由がないため四人で食事をすることになります。ヤンはそこで退職願を提出したことをいうつもりでした。結局、言い出せないまま時間は流れていきます。四人での会話です。グリーンヒル大将が、ユリアンがフライングボールの得点王になったことを話題にします。そこでヤンはユリアンがこの街ではちょっとした有名人であることを聞かされます。その事を知らなかったヤンは、親子としての会話が少なかったことを反省しているのか、少しばつが悪そうに頭をかきます。

 

 

フェザーン自治領

とある部屋で、ルビンスキーは愛人のドミニクと時間を共にしています。ルビンスキーは経済面で宇宙を統治しようと企んでいます。そんなルビンスキーに対して、ドミニクは言います。「第二のルドルフが現れて、新銀河帝国ができてしまえばどうなるのか」と。それを聞いたルビンスキーはお酒を飲みながら、ニヤリと笑みを浮かべます。まるでそういう時代がくることを心の中では待ち望んでいるかのように。

 

 

タクシーの中でのヤンとユリアン

夕食からの帰り、自動運転のタクシーの中で、ヤンはジェシカが政治家になったこと、そのジェシカがヤンに会いに来ていたことをユリアンから聞かされます。その時タクシーが急に止まってしまいます。戦争によるベテランの人材不足にて、人為的ミスが起きて、交通システムが停止したためでした。そして、最近こういうことが多発していることをヤンは聞かされます。こういう状態は長く続いた戦争の末期に起こることです。その事に対してヤンは不安を覚えます。結局、ヤンはユリアンと歩いて自宅へ帰ることを決めます。ユリアンはヤンと一緒に歩いて帰れることをどこか嬉しく思っているみたいです。歩いている中、ユリアンジェシカが訪問してきたときの様子をヤンに話します。それを聞いたヤンはジェシカの決心を知ります。その時ユリアンは、夜空を眺めているヤンに言います。「提督、僕は今同じ星を見ていましたよ。ほら、あの大きくて青い星。何て言う星です?」ヤンはつぶやきます。「お前は私と同じ星を見上げる必要はないんだよ。」それからヤンは心の中で続けます。

「人は自分だけの星を掴むべきなのだ。例えどのような凶星であっても」

 

 

ジェシカの演説。

ジェシカが大勢の聴衆の中で演説を始めようとします。ジェシカは、緊張をほぐすように大きく息を吸って、語り始めます。

「私は決めたのです。

見ないふりをしないことを

聞こえないふりをしないことを。

沈黙しないことを。

そのために今私はここに立っています。

立候補するにあたっては随分悩みました。

ただの教師であった私にそのような資格はないのではないかと。

でも決めたのです。

そして誓いました。

アスターテ会戦で亡くなり今はこの世にいない私の婚約者に。

私は以前こう思っていました。

歴史とは埃をかぶった過去のものだと。

でも違うのです。

歴史とは今生きている私たちが作っていくものなのです。

歴史書にその名を残す人たちだけのものではなく、今生きている私たち一人ずつが作り出すべきものなのです。

私たちの一歩一歩が未来へと繋がっているのです。

私たちの歴史はこれまで多くの戦争とともにありました。

この先も戦争とともにあるかどうかそれは私たち自身が決めることです。

これは正義の戦争だと声高にいう人がいます。

正義のために命を捨てるのは崇高な行為だと。

けれども正義とは何か?

崇高な行為とは何か?

決めるのは私たち一人ずつです。

戦地へ行く家族を見送るあなた、戦地で家族を失ったあなたと私です。

決してどこか安全な場所へ身を置き自分は何一つ失わずに、傷つかずにいる人たちなどに決めてもらいたくはありません。

私は権力を持った人たちに常に問いかけてゆきたいのです。

あなたたちはどこにいるのか?

兵士たちを死地に送り込んであなたたちはどこで何をしているのかと」

 

かなりの名言です。

 

ジェシカは政治家になることを自分の道であると決心しました。

そのことで将来自分がどのような運命を辿るのか知る由もありません。

 

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ご覧いただきありがとうございました。

心の中にあるグヴァン、グヴァンと音がする塊。

こんばんは。

孤独な理学療法士ことmatoruptです。

 

 

私の心の中には、日によって、大きくなったり、小さくなったりしますが、常にグヴァン、グヴァンと音がする塊があります。

 

"Ripple Stone", Isle of Fetlar, Shetland

 

この塊が、現れたのは10年ほど前からです。

 

いつの間にか、私も気付かないうちに、私の心の中にひっそりと根深く植え付けられていました。

 

この塊の存在に気づいた時、なんのためにこの塊が生まれてきたのか、そして存在するのか分かりませんでした。

 

時間が経っていくうちに、次第にこの塊が私の中に住みついた原因がうっすらではありますが分かってきました。

 

分かっていたはずでした。

 

でも、ある時その原因と思われたものが、取り除かれる時が訪れました。

 

 私は、やっとこの塊から解放されると信じてその瞬間を待ち望んでいました。

 

しかし、その期待は見事に外れ、今でもまだグヴァン、グヴァンという音がする塊は私の心の中に住み続けています。

 

私は、原因が取り除かれたことで、てっきりこの塊が消えるものだと信じ込んでいたのでかなり混乱しました。

 

そして、この正体不明の塊が徐々に恐怖の対象となってきました。

 

自分の中で一体なにが起きているのか分からないという不安感がこんなにも恐ろしいものなのかと実感し怯えていました。

 

この塊が一生私の心の中に住みついてしまうのではないかと。一旦考え始めると、楽しいことも楽しいと考えられず、幸せなことも幸せだと思えず、どんどんそれがエスカレートしていき、私の中の塊は以前よりどんどん大きくなっていきました。

 

そんな状況で、辛うじてうろたえている私の耳に入ってきた言葉がありました。

 

昔のことなので、本で読んだのか、テレビで見たのか、誰かに言われたのか、はっきりとは覚えていないので、私なりのニュアンスで書かせていただきます。

 

 

人の人生にはいい時も、悪い時もある。

 

家庭が幸せの時もあれば、そうではない時もある。

 

仕事がうまくいく時もあれば、うまくいかない時もある。

 

人が生活する中では、良い悪いはあるにしてもその中で様々な感情が芽生え、そして散っていき、それが心に多大な影響を与えて残っていく。

 

そんな中で生まれた心の不安定さを解消させるためにはどうしたらいいのか?

 

もちろんその原因となっている不安要素を解消しなければならない。

 

しかし、一時的に不安要素を解消したとしても、また現実の世界に戻ってしまうと、また同じ不安定な状態に戻ってしまう。

 

 

という感じだったと思います。

 

 でも、私にはその不安要素の正体が一体なんなのか分からなくなっていました。

 

不安要素を解消したと自分では思っても、その不安要素の正体が分からないため、しっかり解消できずに、心の不安定な状態が慢性化しているということなんだと思いました。

 

でも、不確かでも不安要素の解消を行いつづけなければ、この状態は一層深刻になっていき、いつか爆発してしまうと直感的に感じました。

 

手探りの状態で、果てしない、終わりのない除去作業をしていかなければなりません。

 

なおかつ、こういう風になってしまった自分自身をある程度認めていかなくてはなりません。

 

そして、そういう自分を認めるのにとてもとても気が遠くなるような長い時間を費やすことになりました。

 

途中で何度も何度も諦めようとして、でもやっぱりどうにかしたいという望みが私の中にあり続けて諦めきれずにいました。

 

そこでようやく、私はこの塊と一生付き合っていく覚悟が必要であるということを認識することができました。

 

今では、この塊を完全になくそうとは思わないようにして、少しでも小さく溶かしていけるように、でも無理をせずに、頑張り続けず、決してポジティブになりすぎないようにうまく付き合っていこうと可能な限り意識して軽く考えるようにしました。

 

そうすると、思い込みかも知れませんが、少しだけ音が小さくなって、塊も小さくなっているような気がします。

 

見ていただいた方は、なんのことやらさっぱり分からないと思います。

 

 ひょっとしたら分かっていただける方もいらっしゃるかもしれません。

 

変なことを長々書いて申し訳ありません。

 

ご覧いただきありがとうございました。

意外と知られていないギックリ腰の真実。vol 5 自分自身の疲労の 限界点を知ることが大切編

こんばんは。

孤独な理学療法士ことmatoruptです。

 

職場から見える空は一面青空でした。

風が心地よく吹いていたのでとても過ごしやす一日となりました。

 

 今回は「意外と知られていないギックリ腰の真実。vol 5  自分自身の疲労の 限界点を知ることが大切編」を書かせていただきます。

 

 

Limited


限界点(閾値)とは?

体のあらゆる部位、または体全体の筋肉疲労には限界点があります。

限界点は、人によって高い低いがあります。いわゆる、個人によって体の疲労度合いが異なるということです。

単純に言うと、疲労のピークの時を指します。

 

 

自分自身の限界点を知る。

ハードワークにより自分自身の疲労が耐えうる限界点に近づいてくると、「あなたの体の疲労は限界を越えようとしていますよ。これ以上酷使するととんでもないことになりますよ」というサインを何らかの形で送ります。

そのサインを的確に察知して、自分自身の限界点を知ることが重要です。

 限界点を越えてしまうと、ギックリ腰と呼ばれる腰に痛みという症状が出現するという訳です。

 

簡単にご説明します。手書きなので分かりずらくて申し訳ありません。

 

f:id:matorupt:20180614004251j:image

 

上の真っ直ぐの横線があなたの体の限界点を表しています。

下の赤い波打っている線が体の疲労度合いを表しています。

 日常生活において、または一日の中でも体の疲労状態は日々変動しています。

 

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赤い線(疲労度合い)が限界点を越えた時が丸をした部分になります。その丸の部分でギックリ腰が発症します。 

 

 

限界点を知ることでギックリ腰を予防し、再発を防止する。

 

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 私が治療する上で心がけていることは、の真っ直ぐ横に引いている限界点を少しでも上にあげること、下の赤い波打っている線(疲労度合い)を下に下げることです。そして、矢印で書かれているこの両者間の距離を少しでも広げていくことです。

 

まとめ。

人間の体を全く疲労しない状態にすることは100%不可能です。ですから、私の治療目的としては、まず第一に患者さんの溜まりに溜まった疲労を抜いてあげること、第二に患者さん自身の体をできるだけ疲労しにくい体を作り上げていくというこの二点に焦点をあてています。

 

自分自身の体の限界点を知っていれば、ハードワークをしているときにも、自分自身にセーブをかけることができます。また、限界点を越えないために体の疲労をとるためのケアをすることができます。

    ギックリ腰を予防すること、または再発させないためにも、この自分の限界点を知ることと自分自身の疲労の状態を的確に知ることがとても重要となってきます。

 

続く。

 

ご参考になれば幸いです。

 

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ご覧いただきありがとうございました。

若さというのは素晴らしい武器です。でも感情のコントロールをしなければをただの武器です。

 こんばんは。

 孤独な理学療法士ことmatoruptです。

 

 福岡は、1日曇り空でした。今年は空梅雨になりそうな気がします。私は自転車通勤なので助かります。

 

 

energy

 

感情をむきだしにして生きる。

 長短に関わらず、多くの方が今までの人生の中で経験されているかと思います。家族、友人など相手のことを何も考えずに、ただ己の感情をむきだしにして、思うがままに、過ごしていた時期が。そういう時期はなかったという人は申し訳ありません。 私は10代~20代にかけて、そんな風に過ごしていた時期がありました。でも、否定しているのではありません。今、考えるとそういう時期を経て、私という存在があるのだと思います。若い時期はまだ経験していない知らない世界が山程あるので、そうなってしまうのは仕方ありません。そういう時期を経験することは大切なことです。

 

若さを武器に。感情をエネルギーに。

    誰でも世間に対してやり場のない怒りや不満、不平等、不安、絶望を感じることは一度は経験します。若さを武器として、その感情をエネルギーに変えて目に見えないものに対してがむしゃらにぶつかり、砕け散って、それを何回も繰り返して、そしてようやく目的、目標に近づいていくものです。しかし、ある時期に差し掛かると、それだけではどうしても越えられない壁にぶつかってしまいます。その越えられない壁に直面したとき、うずくまって動けなくなる人もいれば、何度も立ち上がって諦めずに挑戦をし続ける人もいます。その時に必要とされるのが感情のコントロールです。それができるようになれば、あなた自身の経験値はより効率的に蓄えられていきます。

 

 

ここで少し話がずれます。

 

しかし、時々後ろを振り返って見てください。そこには何が見えますか?あなたがしてきたことの足跡をじっくり見直してください。いくら目的や目標を達成するためでも決してしてはいけないことがあります。それは、相手の気持ちを踏みにじり、傷つけることです。当たり前のことだと思われるかもしれません。しかし、その目的や目標が大きければ大きいほどそれを見落としてしまうことが多く見受けられます。達成感に酔いしれて、見落としているものはないでしょうか?手遅れにならないうちに気づいてください。あなたが後ろを振り返ったとき、誰か傷を負った人や倒れている人はいないか確認してください。立ち止まってでも、できるだけ早く気付いてあげて、手を差しのべてあげてください。遠回りをしていると思われるかもしれませんが、その行為が将来必ずあなたのためになり、近道となります。しっかり感情を持った人間になり、なおかつうまく感情をコントロールしていく術を知ってください。傷を負った人や倒れている人を見捨てていけばいくほど、あなたが人生の終わりを迎える時、本当は自分自身が何も成功していないことに気づくことになります。

 

 

 話を戻します。

 

感情のコントロールの利点と必要性。

 感情を持ち、コントロールすることの利点はまだまだあります。自分の感情をコントロールすることができれば、今まで自分が気付かなかった隠れた才能を見つけることができます。またその才能を発揮する術を身に付けることもできます。若さにものを言わせて、感情をむきだしにして生きていくだけでは、人生の満足度や幸福度を上げることはできません。特に仕事場での環境の整備やより良い人間関係の構築を目指すのであれば感情のコントロールは必要不可欠です。年齢は関係ありません。今の時代はいかに優れた個人の資質や溢れでる才能を持っていたとしてもうまく時代の流れに乗っていけるという保障はどこにもありません。私はまだまだ気持ちは若いつもりでいますが、さすがに若さを武器にというわけにはいきません。そんな生き方をしていたら身が持ちませんし、ただの無謀な人になってしまいます。いい意味でずる賢く、感情をコントロールすることで、壁を一枚ずつ越えて向こう側へと進んでいます。

 

類は友を呼ぶ。

    現代社会では、うまく感情をコントロールして楽しく、明るく、元気な人、もしくは何事にも積極的で、将来の可能性を秘めた人に対して、賛同、共感、協力をしてくれます。その結果、同じ考えを持ち合わせている人が自然と集まってきます。理由は、その人の影響を受け、一緒に思考し、計画し、挑戦し続けたいという気持ちが涌き出てくるからです。

 

基礎を再認識する。

    感情のコントロールは人を惹き付けるための基礎となり、人の気持ちを揺さぶるために必要な術であり、条件です。でも、なかなか感情をコントロールすることは困難です。しかし、不可能ではありません。

 

感情のコントロールの練習。

    まずは単純なことからやってみます。それは見た目です。感情と見た目はかけ離れた物に感じますがそうではありません。まず、体の緊張を緩めて、柔和な笑顔を心がけて人と接してみます。そして、意識的にその場に流れる雰囲気を軽やかなものにしていきます。これだけでも感情のコントロールの練習になります。感情のコントロールは自分自身では制御不能のように思われますが、決してそんなことはありません。練習していけば、自然と身についていきます。心身ともにコントロールができるようになれば、きっといい人間関係、いい職場環境、いい家庭環境を築くことができます。もう一度言いますが、感情をコントロールするためには意識して練習することが大切です。

 

    目標の有無にかかわらず、自分自身の感情をコントロールすることを意識して練習してみてはいかがでしょうか?

例えうまくいかなくても、身に付けようという努力をすれば、決して損をすることはありません。

 私も日々練習しています。

 

    ご覧いただきありがとうございました。

おじぎそうの経過。

  こんばんは。

  孤独な理学療法士こと matoruptです。

 

     福岡は、とっくに梅雨入りしていますが、いい天気でした。風があるので暑くもなく、過ごしやすい一日でした。

 

おじきそうの経過。

    以前紹介したおじぎそうなんですが、1週間ほど前にやっと芽が出てきました。

 

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    その時は、まだ4粒蒔いた内の  3粒しかでてきていませんでした。

 

    それでも、長女が出てきた芽を見たとき、興奮して、嬉しそう顔が忘れられません。

 

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 さっそく長女は、おじぎそうの葉っぱをつんつんして楽しんでいました。

 

 こんなに小さいのに、ちゃんとお辞儀をしてくれました。

 

  意外にも長女は飽きることなく、おじぎそうのお世話を毎日行っています。

 

 あと1つ芽を出していない種があるので、それを長女はとても気にしていたので、無事に芽を出すことを祈っていました。

 

     2~3日経つと4粒目も芽を出して、ホッとしました。

 

 

    それから1週間後にはこんなに大きくなりました。


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今では、以前よりはるかにグイグイお辞儀してくれます。

 

    いつものこどもちゃれんじは、遊びを交えた知育目的のものが多いのですが、今回での植物を育てるという機会が、子供の成長にとって、こんなにもプラスになるとは思ってもいませんでした。 

 

 これは記事ではなくて、記録です。

 

 すいません。

 

 ご覧いただきありがとうございました。

 

銀河英雄伝説第9話「それぞれの星」を見ました。パート1

 こんばんは。

 孤独な理学療法士ことmatoruptです。

 

 今回は、銀河英雄伝説シリーズです。

 

* Planet Ring *

 

第9話  あらすじ

ジェシカ。

 今回は、ジェシカが生徒たちに囲まれて、別れを惜しまれているシーンから始まります。おそらくジェシカはバイオリンを弾くのが得意だったので音楽学校を卒業したあと、学校の音楽の先生になっていたのでしょう。

 

 その後、夕暮れ時に、ヤンとラップとジェシカ三人の思いでの場所に立ち、3人が笑って写っている学生時代の写真を、何か思い詰めた表情で眺めています。

 

    それから、ジェシカはヤンの自宅を訪れます。自分の決断と想いをヤンに聞いてもらいたかったのでしょう。しかし、ヤンはイゼルローン要塞攻略のために出征しているため留守でした。代わりに出たユリアンジェシカは驚きを隠せません。ヤンはジェシカにユリアンを養子にしたことを伝えてなかったのでしょう。それだけ、ラップの死が2人の距離を広げていたのです。

 

 

自由惑星同盟最高評議会。

 自由惑星同盟の最高評議会で政治家たちが議論を交わしています。議題はこれからの銀河帝国との戦争継続の可否。自由惑星同盟は度重なる出征への出費と今回イゼルローン要塞攻略によって捕虜となった50万人を養うための出費が財政を圧迫していて、経済が破綻寸前となっています。一人の良識ある政治家が戦争の反対を訴えます。しかし、他の政治家たちは、この戦争は銀河帝国の圧政から解放するための正義であると、戦争を続行すべきであるとの主張を繰り返し、話は緊迫した状態となっています。しかし、その場にいる国防委員長であるトリューニヒトは沈黙したまま何も語りません。何かしらの考えにふけって議論に参加する気はないようです。もちろん悪巧みの類いですが。

 

 

ヤンの自宅。

    ヤンは覚悟を決めた顔をして、封筒(退職願)を軍服の胸のポケットにしまいます。出掛ける間際に、ヤンはユリアンを呼んで「今日は夜ご飯を外で食べよう。話したいことがある」と言います。ユリアンは少し戸惑った表情を浮かべて、ヤンを見送ります。

 

 

退職願の提出 。

    ヤンの向かった先は、自由惑星同盟の統合作戦本部の本部長室です。ヤンはシトレー本部長に退職願を手渡します。もちろん、シトレー本部長は受理する気は更々ないようです。そこで、ヤンは最高評議会でイゼルローン要塞を拠点として銀河帝国へ逆侵攻しようとする立案が議論されていることを知ります。ヤンの嫌な予感は的中してしまいます。呆れたヤンは退役する自分にはもう関係のないことだといい放ちます。立ち去ろうとするヤンに、シトレー本部長は、第13艦隊の行く末のことを引き合いに出します。そこで、ヤンの心は大きく揺れ動いてしまいます。

 

 

再び、自由惑星同盟最高評議会。

    依然、主戦論者と反戦論者の議論が熱く交わされています。主戦論者は次の選挙に勝つために戦争は続けるべきだと主張し、反戦論者は選挙のため、または世論の支持率をあげるために政治家が戦争の継続を決めるべきではないと主張します。らちが明かなくなった結果、軍部から提出された銀河帝国への大侵攻作戦案の可否を最高評議会の11人のメンバーで投票することになってしまいます。

この11人のメンバーの内主戦論者であるトリューニヒトを含めた派閥のメンバーは9名、反戦論者は2名。結果は明らかでした。投票結果は8対3となり銀河帝国への侵攻が決定されました。その時トリューニヒトは反戦票に投じていました。トリューニヒトは主戦論者が勝つことが分かった上で、反戦票に入れたのでした。もちろん、先の自分への保身を考えて。

 

 

エレベーター。

    ヤンは本部長室を出たあとエレベーターに乗っていました。ため息をつくヤン、そこにシェーンコップが乗り合わせてきます。辞表を提出したヤンに対してシェーンコップは言います。

ここで今回の心に残った台詞です。「軍部があなたを手放すわけはありませんよ。真面目な話、私は提督のような方には軍に残っていただきたいですな。あなたは状況判断が的確だし、運もいい。あなたの元にいれば、武勲はたたないまでも生き残れる可能性が高そうだ。私は自分の人生の終幕を老衰死と決めているのです。150年ほど生きてヨボヨボになり、孫やひ孫どもが厄介払いできると嬉し泣きするのを聞きながらくたばるつもりでして。壮絶な戦死など趣味ではありませんでね。是非私をそれまで生き延びさせて下さいと言ってエレベーターを降りていきます。

 

    今回はここまでとさせたいただきます。

 

    私はこのシェーンコップの台詞が心に響き、私の理想の生涯でもあります。シェーンコップは生涯独身を通します。それを踏まえてこの台詞を聞くと、このようなことを冗談めかして言える彼がとても大好きです。

 

    以前にも出演していたジェシカでしたが、その時の勝ち気で、可愛らしい雰囲気からがらりと変わっていました。そこには、やはり婚約者であるラップの死が重くのしかかっているのでしょう。今後のジェシカの決断がヤンとジェシカの将来に深い闇を落としていくことになります。ジェシカについては次回にたっぷり出てくるので、そこでまた書かせていただきます。

 

    続きはパート2で書かせていただきます。

 

 

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    ご覧いただきありがとうございました。