孤独な理学療法士の日記

理学療法士をしているマトルです。仕事・健康・家族・趣味など普段考えていることや行っていることをお伝えします。

人見知りな私が人見知りな人を好きな理由

こんばんは。

マトルです。

 

私は人見知りです。特に以前の私は初めて会った人は もちろん、何回も会ったことがある人でさえうまく話せないことがありました。昔はそんな私が本当に嫌でたまりませんでした。でもちょっと昔のことではありますがそれが自分の欠点ではないと気付かされた出会いがありました。

 

world's busiest

 

 

私が人見知りに好感を抱く理由

初めて会った人でも何回も会った人に対しても何かを話さなければならないと色々なことを頭で考えすぎて、結果頭がボーッとしてしまい、結局うまく話すことができませんでした。

 

自分が言った軽はずみな一言が相手を深く傷つけてしまうのではないか?相手を不快な気持ちにさせるのではないか?もしくは自分と話していても相手の人は退屈なのではないか?などと様々な考えを巡らせているといつの間にか相手との間に気まずい雰囲気が流れてしまい、余計に何も話せなくなってしましました。

 

周囲を見渡すと誰とでも何気なく気軽に話をしている人を見かけます。そんな人を見かけるとなぜ自分はうまく話すことができないのだろうと深く悩み、そんな自分が社会的に適応力がなく、とても不器用な人間だと思い込んでいました。

 

そんな自分を払拭するために無理に話しかけようとすればするほど更にあたふたしていまい、とてもぎこちない会話になることが多かったです。そうなると増々落ち込んでしまうという繰り返しで、そういった日々の中で過ごしていました。

 

ある時転機が訪れました。私よりも人見知りな人(その人は男性でいかにも気難しそうで暗そうな人でした)に出会ったのです。人見知りの自分とその人見知りな人との間にはもちろん会話はほとんどありません。しかし、その人と過ごす時間は決して苦痛ではありませんでした。逆にその人が醸し出す空気が、その人と過ごす沈黙の時間がとても心地よいものと感じていました。

 

その人とそういう時間の過ごし方を続けていく内にその人といつの間にか普通に会話ができるようになりました(とても時間がかかりましたが)。そしてその人見知りな人と接していく中で気が付いたことがありました。

 

それは人と話をする時人見知りな人ほど相手の気持ちを推し量りながら話をしているということでした。

 

全ての人ではありませんが、私がコミュニケーション能力が高いと思っていた人は、極端な言い方にはなりますが、実は相手の気持ちを何も考えずに話をしているだけなのでは?という疑問を持つようになりました。

 

その疑問に沿って私自身の交遊関係を紐解いていくとコミュニケーション能力が高い人(話上手な人)よりも人見知りな人の方が私は遥かに好感を持っていることに気付きました。

 

コミュニケーション能力が高い人とは少しニュアンスが違いますが、相手をが傷つくことを平気で言う人、相手のことを何も考えずに自分の好きなことだけをペラペラと話をする人、相手が聞きたくもない自慢話や耳を塞ぎたくなるような陰口や愚痴を永遠と話し続ける人、そういう人に私はどうしても好感を持つことができません。それどころか嫌悪感さえ抱いてしまいます。

 

そんな人になるくらいなら人見知りな人のままでいた方がましだと思うようになりました。

 

そんな風に考えることができるようになってからは気持ちが少し楽になりました。すると人見知りなりに多少ぎこちなさはありますが、少しずつ初対面の人とも話せるようになっていきました。

 

人見知りな人は相手の気持ちを第一に考えてくれている繊細な性格を持つ人が多いように感じられます。

 

そういう人は自分も繊細で傷つきやすいことが分かっているので他の人の心の痛みもよく分かるんだと思います。だから他の人を傷つけないようにと気と使ってしまい、うまく話すことができないのではないかと。人見知りとは他人への思いやりと優しさを持っている証拠の一つであると思います。

 

人見知りとはただの恥ずかしがり屋さんなのではなく、直すべき、または克復すべき性格でもなく、逆にとても良い特性なのではないかと思うようななりました。

 

だから私はそういう人見知りな性格を直す必要はなく、そのままでいいのではないかといつしか開き直ることができました。

 

人見知りであり続けることで相手との会話の中、これからも他の人を安易に傷つける言葉、または不愉快にさせる言葉に対しては人一倍敏感に感じ取っていきたいです。

 

これが人見知りな私が人見知りな人を好きな理由です。

 

これは私が勝手に思い込んでいることです。

 

ご覧いただきありがとうございました。