孤独な理学療法士の日記

理学療法士をしているマトルです。仕事・健康・家族・趣味など普段考えていることや行っていることをお伝えします。

【理学療法士の治療技術】本物の技術を習得するためには何千何万と繰り返す

 

私は理学療法士として通院される患者さんの体の機能を改善させたり、痛みを緩和させたり、日常生活活動を向上させたりすることが仕事です。私の場合は特に痛みの治療に対して力を入れています。そのためにはもちろん技術が必要となります。一人一人の主訴や症状は違うのでそれに応じて技術の引き出しを沢山持っていなければいけません。今回はそんな技術のお話です。

My Hand

目次

本物の技術を身に付ける

本物の技術を身に付けるためには途方もない時間を必要とします。一つ一つの仕事には必要とされる技術があり、それを習得しなければなりません。よく「技術だけでは仕事はできない」とおっしゃる方もいます。確かにその通りです。しかし、私にとって本物の技術を身に付けることは理学療法士として必要最低限のことだと考えています。

誰にでも身に付けられる

技術を身に付けるためには器用さやセンスのあるなしは全く関係ありません。マインドさえしっかりしていれば、いくら不器用でセンスが無くても本物の技術を身に付けることは十分可能です。

技術を身に付けるためには

技術を身に付け、体に染み込ませるためには、気が遠くなるほどの時間をかけて、ひたすら反復練習を行い、質を向上させる必要があります。タイトルでも書いたように完全に習得するためには何千何万とやり続けることが必要となります。これは決して大袈裟に言っている訳ではありません。どんなに器用でセンスがあってもそれを怠れば本当に習得したとはいえません。技術とは一時的に使えるものではなく、一生使えるものにしていかなければなりません。それを理解せずに途中で諦め、もしくはある程度のレベルで満足してしまった時点で、成長は止まってしまい、今までの苦労が水の泡となります。自分の新たな可能性を見出だす機会も失われることになります。その結果自分自身にも周りの人たちにも不利益となり、今後も中途半端に身に付いた技術はほとんど役立つことなく、自身のこれからの人生も変えることができなくなります。

技術の習得とは

技術を習得するためには自分自身だけに当てはめることのできるコツがあります。そのコツさえ掴んでしまえばその技術を無意識下で出来るようになります。いつ、どこでも同じようにできるもの、それこそが本物の技術の習得だと言えます。たまたまできたというレベルでは技術を習得したとは言えません。技術の習得とは反復練習によって身についたもので、いつでも取り出すことが可能な動作のことです。一度習得してしまえばそれ以降一生使えることができる、それが本当の意味での技術の習得といえます。

技術を習得したその先にあるもの

技術を反復練習して、その技術をより習熟させ、なおかつそれを無意識下でできるようになる、この流れが技術を本当に手に入れるまでの過程となります。最終的な目標は身に付けた技術を無意識下でできるようになることです。そのレベルまで到達した時点でその技術は自分自身の新たな引き出しの一つになります。そしてまた新たなる技術の習得への始まりとなります。その作業を果てしなく繰り返していくことでその仕事を極めるということに繋がっていきます。

終わりに

技術を完全に習得し、無意識下で行えるようになることで、その分他へ向けられる意識の量を少しずつ増やしていくことができます。そこに余裕が生まれます。その余裕を持てることで新たな技術を習得するという意識の範囲を広げていくことが可能となります。知識を頭に詰め込むだけでは意味がありません。それを実行できる本物の技術を使えるかどうかが肝心となります。技術を習得してそれを日々精進して鍛えていくことが大事です。そうして身に付けられた技術は一生の財産となります。ご参考になれば幸いです。

 

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