孤独な理学療法士の日記

理学療法士をしているマトルです。仕事・健康・家族・趣味など普段考えていることや行っていることをお伝えします。

孤独な理学療法士、うつ病になってしまった理由

今回も前回の続きで話させていただきます。

前回は老健を退職するところまで書かせていただきました。次に就職したのは一般の病院でした。

目次

新たな就職先

転職を決めた理由は主に3つありました。

  1. 初めて主任として責任ある立場に立つこと
  2. 急性期(手術後)のリハビリテーションの経験を積むこと
  3. 入院患者さん(緩和ケア)のリハビリテーションを行うこと

以上の3つでした。

具体的に

  1. 今までしたことのない後輩の指導(技術的なこと、患者さんに対する接し方)、リハビリテーション室の患者さんの来院数や売り上げの管理、人間関係の調整等
  2. 今までは慢性的な痛みのある人、疾患、術後ある程度時間が経った患者さんに対するリハビリテーションをメインに行っていたので、術後すぐの患者さん(急性期)のリハビリテーションをあまり行ったことが無かったため
  3. 新たに就職した病院はがん患者さんの末期の方が結構いらっしゃったので、その方々へリハビリテーションを通じて少しでも入院生活をいかに穏やかに過ごしていただけるか等

実際は

主任としての立場は、当初は大変でしたが、会議などで発言したり、場数をこなしていくうちに慣れてきました。後輩への指導は自分の考えを無理強いするのではなく、相手のしていることをしっかり見て、尊重することで、意見を求められたときに、丁寧に話し合うことでなんとかうまくできるようになりました。

術後の患者さんのリハビリテーションは最初はタイムテーブルを気にしすぎていて、時折対応が少し遅れることもありましたが、これも経験を積むことにより臨機応変リハビリテーションを行うことができるようになりました。

 一番大変だったのが、3つ目の末期の患者さんに対するリハビリテーションを行うことでした。治療技術云々も大切ですが、ここで一番大切なのはやはり相手との会話の中で言葉一つ一つの重みを、非常に神経をすり減らしながら考えなければならないことでした。こちらの軽い一言が、相手にとっては何倍もの重い言葉になることを実感しました。しかし、これは相手が末期の患者さんだけではなく、リハビリテーションを行う上で、だれに対しても必要なことだと今では実感しています。

順調?

比較的順調に新しい職場にも慣れてきた頃でした。徐々に経営者側との軋轢が出てきて、心身ともにストレスを感じていることを自覚してきました。そして、体に少しずつ不調が出てきました。まず全身に倦怠感が出てきました。最初は疲れが溜まって、それが抜けていないのかと思っていました。しかし、いくら体を休めてもその倦怠感がとれることはありませんでした。そして、特に理由もなくイライラすることが多くなりました。職場のスタッフにあたったりはしませんでしたが、そのイライラを隠して平静を装っていました。そういう日々が続いていくうちに、ある日何か自分のなかで大事な何かが溶けてしまった感じがしました。本当にうまく表現できませんが、自分のなかで何かが修復が不可能なほどにずれてしまった感じでした。

うつ病の発症

それからの日々は本当に地獄でした。まず朝起きて朝御飯を食べたり、歯を磨いたり、洋服に着替えるときずっと泣いていました。そのときは30才の半ばでしたが、大の大人が朝から涙を流していました。そういう生活を何ヵ月か過ごしていくうちに人とうまく接したり、物事をちゃんと考えたりできなくなりました。うつ病の発症でした。

そして、とうとう仕事に支障を来すようになり、退職することになりました。わずか1年のことでした。

療養生活へ

それから半年くらい療養生活に入りました。しかし、倦怠感は変わらず、イライラというかモヤモヤは心のなかに硬い塊として残っていました。でも経済的な理由で仕事をしなければいけませんでした。

新たな就職先

次に就職したのは小さなクリニックでした。なぜそこに就職したのかというと、理由は理学療法士が私だけだったからでした。そのときはできるだけ人から干渉されず、また誰にも干渉したくなかったので、そこを選びました。

自分自身のリハビリ

これがブログ名になっている孤独な理学療法士の日記という名前の由来です。最初の記事で書いたように、そういう理由で閉鎖的な職場環境で、閉鎖的な考え方になってしまいました。しかし、仕事柄全く人と関わりを持たないということは不可能でした。その当時の治療していた患者さんには申し訳ありませんでしたが、患者さんの治療をしていると言うよりは、むしろ私自身のリハビリをしている感じでした。今現在もその職場で働いています。そして、9年間経ちました。今では、患者さんに対して、なんとかうまく笑って、話せるようになりました。しかし、職場のスタッフに対しては心が開けず、孤立しています。

うつ病も自分の体の一部

人間、慣れと言うものは怖いもので、倦怠感やイライラはまだあるのですが、今ではそれがあるのは当たり前という状態です。うつ病になってから10年ほど経ちますが、そういう状態が体の一部になってしまっているのだと思います。今ではうつ病になる前はどういう体をしていたのか思い出せません。

葛藤

もちろんその間、出来る限り一生懸命に仕事をしました。でもほとんど勉強をしておらず、過去に学んだことを頼りに患者さんに対して治療をしてきました。いつも、これで本当に患者さんのためになっているのかと自問自答しながら過ごしていました。でもやはり勉強をする気は起こりませんでした。それで段々と理学療法士という仕事が嫌いになってきました。もうやめよう、もうやめようと毎日思っていました。でもこんな私に患者さんは「ありがとう」と笑顔でいってくれます。それに対して本当に申し訳ない気持ちでした。うつ病の症状は続いていましたが、このままでは本当に自分はダメになってしまうと思い、少しずつ自分の気持ちを整理していきました。何でこの仕事をしようと思ったのか、最初に働いていた時の気持ちを思い出すようにしました。でもそれでもなかなか気持ちは前向きになれませんでした。

未来へ

2年くらい前から、そういうダメな自分も自分なんだと思うようになって来ました。自分がうつ病になるわけがないというプライドというか、過大評価を一切捨てて、自分はまだまだちっぽけで、弱くて、未熟な人間なんだと思えるようになりました。そういう考えを持てるようになってから、ほんの少しですが、前に進めるようになった気がします。それが約2年前位のことでした。それからまた、勉強を再開しました。今でも、うつ病はなおっていません。それでも、本当に歩みは遅いですが、一歩一歩前に進んでいます。うつ病である自分を受容しながら、また、うつ病と闘いながら仕事を頑張っていきたいと思っています。これが、長くなりましたが、私の自己紹介になります、これからは少しでも、読んでくださる方の役に立てるような情報を提供すること目標に書いていきたいと思います。

 

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ご覧いただきありがとうございました。